おうちでできる工夫
算数でつまずく日は、頭の「作業台」がいっぱいなのかもしれない
LifeMargin Learnの考え方と、おうちでの目安
この記事のポイント
- 算数で止まる理由は「理解力が足りない」だけとは限らず、途中の数や手順を頭に置いておく「作業台」が一時的にいっぱいになっている場合もあると考えられます。
- 作業台そのものを鍛えて広げる試みは、現時点の研究では算数などへの効果が確認されていません。そのためLifeMargin Learnは「広げる」よりも「荷物を外に置く」方向で作っています。
- ツールの目標は、画面に頼り続けることではなく、最終的に紙のノートで解けるようになることです。
- ここで紹介する見方は、成果を約束するものではありません。お子さんを見るときの「目安」のひとつとして、頭の片隅に置いていただければ十分です。
この記事の位置づけ
- 本記事は、LifeMargin Learnの設計の背景にある考え方を説明するものです。ツールの効果が検証されたという意味ではありません。
- 引用している研究の多くは、成人や、学習障害のある子どもを対象にしたものです。目の前のお子さんに同じことが当てはまるかどうかは、研究からは分かりません。
- 診断や評価の代わりにはなりません。
1. 「解く力はあるのに解けない」の見方
ワーキングメモリ(作業記憶)とは、数字や手順を一時的に頭に置き、順序を保ちながら使う働きのことです。ここでは「頭の作業台」と呼びます。
たとえば「47+28」では、一の位の和、繰り上がり、十の位の和、次にやることを、同時に扱う必要があります。作業台が狭い、あるいはその日は疲れていて狭くなっていると、途中の数が消えてしまい、考え方は合っていても答えにたどり着けないことがあります。
研究でも、子どもの算数学習にワーキングメモリが関わることが整理されています。どの働きがどれだけ関わるかは、問題の複雑さや子どもの発達段階、個人差によって変わるとされています[1]。小学生を対象にした46の研究を集めた分析では、ワーキングメモリと算数の成績の関連は「中程度」でした(相関係数は約0.3)[5]。
ここで大切なのは、関連があることと、それが原因だと決まることは別だという点です。作業台の混み具合は、つまずきの要因のひとつかもしれません。ただ、すべてのつまずきを説明するものではないと考えるのが現実的です。
2. 認知負荷理論:「荷物」には種類がある
学習中に頭にかかる負担を整理した考え方に、認知負荷理論があります。NSW州(オーストラリア)教育省の解説資料では、負荷を次の3つに分けています[2]。
問題そのものの難しさ
- 家庭での例
- 繰り上がりのある二桁の計算
教え方や環境による余計な負担
- 家庭での例
- どこに書けばよいか分からない、説明を聞きながら暗算する
理解のために使う前向きな負担
- 家庭での例
- なぜ十の位が一つ増えるのかを考える
同じ資料によると、人が新しい情報を同時に扱える量は4つ程度(個人差あり)と考えられています。また、初心者は、自力で解くよりも、解き方の見本を見て学んだほうが、後のテストで成績が良くなりやすいという報告があります[2]。
一方で、慣れてくると、見本がかえって役に立たなくなる場合もあるそうです[2]。補助はずっと同じ量で必要なわけではなく、慣れに合わせて減らしていくものだと考えられます。この点は、後述する「紙への移行」の考え方につながります。
なお、この3分類の整理には研究者の間でも見解の違いがあり、「前向きな負担」を別枠にしない見方もあります[2]。ここでは、保護者が状況を眺めるときの整理として使っています。
3. 「鍛える」より「荷物を減らす」を選んだ理由
「ワーキングメモリを鍛えれば算数もできるようになるのでは」と期待されることがあります。しかし、ワーキングメモリ訓練の研究87件(比較145件)をまとめた分析では、次のように報告されています[4]。
- 訓練の直後には、似たワーキングメモリの課題の成績が上がる。
- 一方、知能、読解、算数などの遠い能力については、何らかの練習を受けた対照群と比べたとき、確かな改善の証拠は見つからなかった。
つまり、記憶ゲームが上手になることと、文章題や筆算が安定することは、同じとは限らないようです。
ただし、ここから「荷物を減らす設計が有効だと証明された」とまでは言えません。「鍛えても遠くには移りにくい」という結果から、「それなら課題に直接つながる練習を、頭の負担を抑えながら行う」という方針を選んだ、というのが正確です。LifeMargin Learnはこの考え方で作られていますが、ツール自体の効果を確かめた研究はまだありません。
4. LifeMargin Learnがやっていること、やっていないこと
やっていること
- 途中の数や手順を画面に残し、頭に置いておく量を減らします(「メモだな」など)。
- 手助けの量を3段階(🐢ゆっくり・🚶ふつう・🚀じぶんで)から選べます。調子に合わせて使い分けるためです。
- 九九やさくらんぼ計算のツールでは、「5の段を軸に分ける」「10からひいて考える」といった、わけて考える方法をヒントとして出します。
- 色や配置を固定し、操作そのもので迷わないようにしています。
やっていないこと
- 子どもに手順を言葉で説明させる機能はありません。
- 画面で身につけたことを紙に移す橋渡しは、ツールの中にはありません(次の章のとおり、ご家庭での関わりに委ねています)。
- 理解度や特性の判定はしません。
- 効果の検証は、まだ行われていません。
5. ツールから紙のノートへ:おうちでの目安
ツールは、紙のノートで解けるようになるまでの足場です。足場は、慣れるにつれて少しずつ外していくものだと考えています。
そのための進め方の例を、4つの段階にしてみました。これは研究で検証された手順ではなく、本サイトの提案です。お子さんに合わなければ、気軽に崩してください。
- 操作する:数を動かしたり、まとまりを作ったりする。ツールではここを担当します。
- ひとこと言う:「何を、なぜ動かしたか」を一文で言ってみる。
- 補助を減らす:ヒントを出さず、途中式だけを残す。
- 紙で試す:似た問題を1〜3問、紙で解いてみる。
この4つの段階には、いくつかの手がかりがあります。
- 具体物を使った介入は、概念の理解や計算の流暢さに効果があったという報告があります。ただし、その効果が時間がたっても続くか、別の場面に移るかを調べた研究は少なく、研究の質にもばらつきがあります[6]。対象も算数の学習障害のある子どもたちです。
- 成人を対象にした実験では、外部の道具に頼ると、その場の成績は上がる一方、後の記憶が弱くなりました。後で覚えておく必要があると知っていても悪影響が残った条件と、ほぼ打ち消せた条件があり、結果は条件によって分かれています[3]。これは算数の課題ではないため、「ひとこと言う」「紙で試す」の段階の根拠になるとまでは言えません。補助を使ったあとに自分の頭で再現する時間があるとよいかもしれない、という参考程度の位置づけです。
6. 調子の悪い日の目安
昨日できたことが今日はできない。そんな日があっても、気分や努力の問題とは限らないと考えられます。睡眠不足、空腹、学校での疲れ、時間の制限、問題文の長さなどが重なると、作業台は早くいっぱいになります。
そんな日は、次のような調整を試してみてもよいかもしれません。
- 問題の数ではなく、手順の数を減らす(二桁を一桁に戻す、文章を一文ずつ隠す)。
- ツールの手助けを🐢にして、小さな成功で終える。
- 声かけは評価ではなく、行動に向ける。
「どうして分からないの?」
- 代わりの声かけの例
- 「どの数を外に置いたら、次が楽になりそう?」
「集中して」
- 代わりの声かけの例
- 「今日は🐢でいこう」
「指を使わないで」
- 代わりの声かけの例
- 「指も道具だよ。使っていいよ」
しばらく進まない、同じ間違いが続く、涙や怒りが強くなってきた、といった様子があれば、その日の新しい課題は切り上げてもよいと思います。すでにできる問題を1つ、補助つきで成功して終えると、翌日に再開しやすくなります。「3分」のような時間は目安で、お子さんによって違って当然です。
7. 保護者が意識しておくとよいかもしれない目印
ここまでの話を、お子さんを見るときの目印としてまとめます。成績や達成度を測るものではなく、「今日はどう見えるか」を考えるための視点です。
- どこで止まったか: 数の読み違いか、繰り上がりの保持か、問題文から数を選ぶ場面か。止まる場所が分かると、外に置く荷物が見えてきます。
- 補助を減らしたとき、どこまで自分でできたか: 正解かどうかよりも、「ここまでは自分でできた」を見ておくと、次の一歩を決めやすくなります。
- 調子の波: できない日が続くとき、問題の難しさではなく、疲れや環境が重なっていないかを確認します。
- 補助の使い方: 画面を見て答えを写しているのか、ヒントのあとに自分で手を動かしているのか。
これらは良し悪しを決めるものではありません。迷ったときに、お子さんを見る角度を増やすための目印として使っていただければ幸いです。
8. 研究の限界と、相談について
- 本記事が頼っている研究は、成人の実験、学習障害のある子どもへの介入、研究の総まとめなど、対象も目的もさまざまです。目の前のお子さんへの効果を示すものではありません。
- 研究の知見は更新されます。新しい報告が出れば、この記事の見方も変わる可能性があります。
- 数や計算のつまずきが長く続き、学校生活にも影響しているときは、努力不足と決めつけず、担任の先生や通級指導、医療・心理の専門職に相談してください。
参考文献
- Menon, V. (2016). Working memory in children's math learning and its disruption in dyscalculia. Current Opinion in Behavioral Sciences, 10, 125–132.
- Centre for Education Statistics and Evaluation (2017). Cognitive load theory: Research that teachers really need to know. NSW Department of Education.
- Grinschgl, S., Papenmeier, F., & Meyerhoff, H. S. (2021). Consequences of cognitive offloading: Boosting performance but diminishing memory. Quarterly Journal of Experimental Psychology, 74(9), 1477–1496.
- Melby-Lervåg, M., Redick, T. S., & Hulme, C. (2016). Working memory training does not improve performance on measures of intelligence or other measures of “far transfer”: Evidence from a meta-analytic review. Perspectives on Psychological Science, 11(4), 512–534.
- Zhang, Y., Tolmie, A., & Gordon, R. (2023). The relationship between working memory and arithmetic in primary school children: A meta-analysis. Brain Sciences, 13(1), 22.
- Lafay, A., Osana, H. P., & Valat, M. (2019). Effects of interventions with manipulatives on immediate learning, maintenance, and transfer in children with mathematics learning disabilities: A systematic review. Education Research International, 2019, Article 2142948.
この記事は学習のヒントをまとめたもので、効果を保証するものではありません。